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大阪地方裁判所 平成6年(行ウ)79号 判決

原告 唐谷順治

被告 堺税務署長

主文

一  本件訴えのうち、平成五年三月一六日付でした更正をすべき理由がない旨の処分の取消しを求める部分を却下する。

二  被告が、原告の平成三年八月七日の相続開始に係る相続税について、平成五年八月一三日付でした更正処分のうち、課税価格一一億二九五二万二〇〇〇円、納付すべき税額五億五六九八万九三〇〇円を超える部分を取消す。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が、原告の平成三年八月七日の相続開始に係る相続税について、平成五年三月一六日付でした更正をすべき理由がない旨の処分を取消す。

二  被告が、原告の右相続税について、平成五年八月一三日付でした更正処分のうち、課税価格一一億二八九七万一〇〇〇円、納付すべき税額五億五六六三万〇五〇〇円を超える部分を取消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、平成三年八月七日に死亡した故唐谷多三郎(以下「多三郎」という。)の相続人である。

2  多三郎の相続(以下「本件相続」という。)に係る原告の相続税についての課税の経緯は、別表1記載のとおりである。すなわち、

(一) 原告は、被告に対し、平成四年二月六日、課税価格二三億五一〇九万五〇〇〇円、納付すべき税額一三億九〇三六万六五〇〇円として、相続税の申告をした。

(二) 原告は、平成五年二月五日、課税価格一一億二八九七万一〇〇〇円、納付すべき税額五億五六六三万〇五〇〇円とする更正の請求を被告に対して行ったところ、被告は、平成五年三月一六日、更正をすべき理由がない旨の処分をし、原告に通知した。

(三) 原告は、平成五年五月一三日、右(二)の処分を不服として、被告に対し、異議を申立てたが、被告は、平成五年八月一一日、右異議の申立を棄却した。

(四) 被告は、平成五年八月一三日、課税価格二四億一〇三〇万二〇〇〇円、納付すべき税額一四億三一八一万円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行い、同日原告に通知した。

(五) 原告は、平成五年九月一〇日、右(二)の処分及び本件更正処分(以下合わせて「本件各処分」という。)を不服として国税不服審判所長に対して審査請求の申立をしたが、同所長は、平成六年六月二三日、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、そのころ右裁決書は原告に送達された。

3  原告が本件相続によって取得した遺産のうち、別表2記載の〈1〉ないし〈7〉の土地(以下「本件土地」という。)については、多三郎がその死亡前三年以内に取得したものであるところ、被告は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)六九条の四の計算特例(以下「本件特例」という。)の規定に従い、被相続人が取得した時の価格をもって課税価格に算入すべき評価額とし、さらに、措置法施行令四〇条の二第三項に基づき、造成価格を取得価格に加算した額を課税価格としたものである。

二  原告の主張

1  以下の理由から、本件各処分が、本件土地について本件特例及びこれを前提とする措置法施行令四〇条の二第三項を適用したことは、これらの適用を誤った違法があり、これは憲法二九条等に違反する違憲な適用である。

(一) 昭和六一年ころから不動産の価格、とりわけ土地の価格は次第に上昇の速度を早め、土地の実勢価格と相続税法における評価の基準とされる路線価による土地価格との間に著しい乖離が発生した(平成元年ころにおいて、路線価額は実勢価格の三割から五割程度であった)ため、不動産を借入金によって購入することにより相続財産の評価額を本来の財産の価格よりも低くして節税をなすという現象が横行することとなった。本件特例は、このような状況に歯止めをかけ、不動産を実態に適合した正当な評価をするために創設されたものであって、土地の価格が常に上昇していること、少なくとも下落しないことを大前提として設けられた規定である。

(二) ところが、平成二年四月、不動産総融資に対する総量規制導入に伴って、いわゆるバブルがはじけ、不動産の実勢価格は急降下を始めたが、路線価は平成四年度まで引き上げられ続けたため、実勢価格は公示価格を下回るまでになった。

相続税法は、相続税における不動産の価格を時価によって評価すべきものとしている(同法二二条)ところ、右のような状況において本件特例を適用すれば、実勢価格以上の高価で土地を評価することになることは明白であり、このような事態は相続財産の公平かつ正確な評価を求めている相続税法の予定するところではなく、本件特例の立法目的及び立法趣旨の基礎となっていたところの実効的に個人財産を正当に評価することができるという状況は消滅し、本件特例は全くその存在意義を失い、適用場面を失ったものである。

(三) 本件においては、本件特例を適用した場合の本件土地の課税価額である取得価額は、本件相続開始時における同土地の時価をはるかに上回っていた状況にあったから、本件特例を適用すれば実勢価格以上の高価で土地を評価することにより原告に著しい不利益を与えることになるのであって、これは財産権の保障を定めた憲法二九条に違反する。

また、原告が本件相続によって取得した純資産の本件相続開始時における価額は、一一億二八九七万一〇八〇円であるところ、本件更正処分による相続税額は、一四億三一八一万円であって、原告が実際に相続によって取得した財産価値以上の金額の税金が課されることになる。これは、何らかの原因によって財産を取得した者が法の規定に従ってその一部を国に納付するという憲法三〇条の予定する税金の本質に反するばかりか、あたかも没収にも匹敵するものであって、憲法二九条の私有財産制を根底から覆すことにもなる。

さらに、相続税についての土地の評価に関しては、相続税法二二条に規定する時価によって評価をすべきものとしているところ、税務処理の実情は、過去長年土地の時価よりも税務署の算出する路線価が下回っていたために、路線価に基づく申告が続いていたのであるが、地価が下落し始めると、路線価が時価を上回るようになってきたため、税務当局も平成四年一二月ころから、実勢価格による申告更正もやむを得ないものとして処理している。すなわち、相続開始前三年以内に取得の者については、本件特例を適用した場合、土地価格下落前の高い評価額で土地を評価されることになるのに対し、相続開始前三年超の取得の者については申告時の実勢価格で評価されることとなる。土地価格の下落が続いている現状において、後者が前者に対して著しく有利なことは明白で、納税者間に著しい不平等が生じることとなり、これは憲法一四条に違反するものである。

2  したがって、本件においては、相続税法二二条により、相続時の時価によって本件土地を評価すべきであり、本件土地の時価合計は原告が更正の請求において主張した九億五八二〇万円であるから、本件各処分のうち、原告が更正の請求において主張する課税価格及び納付すべき税額を超える部分は取消されるべきである。

なお、本件特例は、課税標準時の土地の時価が、税務処理上の路線価格を上回っていることが大前提となっているが、原告は、本件の相続税申告において、土地の鑑定評価額を土地の課税価格としているのであるから、これが租税回避行為に当たることはあり得ず、本件特例の立法趣旨に反しないし、多三郎は、本件土地購入に際して、相続税対策のための借入は一切したことはなく、それまで営んでいた不動産業の事業地を移転するために借入をなし新規に不動産を購入したにすぎないのであって、この譲渡所得に関しては、税務当局より買換特例の適用も受けているのである。

三  被告の主張

1  本案前の主張

更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分は、単なる棄却処分ではなく、その実質は数額に関する一種の更正処分あるいは更正処分に準じるものと解されるから、この点で増額再更正処分がなされた場合における当初更正処分の取消を求める場合と同様に解するのが妥当であって、本件においては後になされた増額更正処分に吸収されて消滅したものというべきであり、本件の訴えのうち、原告の平成三年八月七日の相続開始に係る相続税について、被告が平成五年三月一六日付でなした更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消を求める部分は訴えの利益を欠く。

2  本案の主張

(一) 以下の理由から、本件特例は何ら憲法に違反するものではなく、被告が本件において本件特例を適用したことにも違法はない。本件特例の適用を受ける場合、相続税法二二条の適用は排除されるのであるから、本件土地について相続開始当時の実勢価格により評価する余地はない。

(1) 昭和六〇年代に入り、地価の高騰の著しい特定の地域において、不動産の実勢価格と相続税評価額との乖離に着目して、借入金により不動産取得を行うという形での租税負担回避行為が横行し、租税負担の公平上看過し得ない問題となっていた。すなわち、相続されるべき財産を預金の形にしておくと、これがそのまま相続財産として評価されるが、これを土地を購入することによって、取得価額から路線価を引いた額については相続財産として評価されることがなくなるのである。

(2) 本件特例は、右のような社会的現象を契機として、相続開始前の借入金による不動産取得に限らず、例えば、金融資産の売却等による不動産の取得をも念頭に置き、不動産の実勢価格と相続税評価額との乖離に基づく相続税の負担回避行為を抑制する趣旨・目的をもって創設されたものである。

なお、右の租税負担回避行為の抑制は、究極的には、総合土地対策の一環として借入金により投機目的での土地を購入する事態を抑制することになり、いわゆる土地の仮需要を抑制することによって土地の適正な供給につながるものである。

そして、納税者において、かかる相続税の負担回避の意図がなくとも、相続財産を不動産の形に変えた者とそうでない者との間で、相続税の負担の公平を図る必要があることも当然であるから、一律に不動産を取得した者に適用する法を制定することにより究極には租税負担の公平を目指したものであると考えられる。

(3) 憲法三〇条は「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と、また、同法八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定し、個々の具体的課税要件の定立については、立法機関である国会に委ねることとしているが、これは、租税が国の経済政策等と密接な関係を持つとともに、複雑かつ技術的な性格があるということによるものであるから、これが憲法二九条に違反するといい得るのは、その政策目的が明らかに不合理である場合に限られるのである。

そして、当該財産の取得の時における時価をもって、相続税の課税価格とする現行相続税法一一条の二、二二条及び当該財産の取得価格をもって相続税の課税価格とする本件特例は、いずれも合理的な立法目的を有しているものであり、相続開始の三年以内の不動産の取得とそれ以前の取得とを区別したのは、前記立法趣旨から三年以内の不動産の取得については相続税の負担回避行為がおおむね右の期間内になされるであろうことを想定したものと解され、このような区別を設けることには合理性が認められるから、本件特例は憲法二九条、一四条に違反するものではない。

(4) 本件においては、多三郎は、一一億四〇〇〇万円を借入れて平成二年三月から同年九月にかけて本件土地を合計二二億四八六二万三九九八円で取得しているが、右取得当時、土地価額は依然として上昇していたものであり、右取得当時における路線価により本件土地を評価すると、合計五億〇三一四万一二〇〇円となるから、一一億四〇〇〇万円の借入を行い、更に一一億〇八六二万三九九八円の積極財産(手持資金)を減少させて五億〇三一四万一二〇〇円の財産を取得したことになり、その差額は、結果として他の相続財産から控除されることになり、相続税の課税価格が浸食され、相続税の税負担を不当に回避することになる。

そうすると、多三郎による本件土地取得は、本件特例が対象として予定していたような租税回避に当たり、仮にかかる目的がなかったとしても、本件特例を適用しなければ、著しく公平を欠くことになる。

さらに、本件においては、相続開始時においても、なお、原告の主張する実勢価格は本件土地の路線価による評価額を上回っており、立法事実が喪失したとはいえない状況であった。

したがって、本件課税処分は、本件特例の趣旨・目的に合致するものであって、立法事実を欠くのに適用がなされたものとは到底いえない。

(5) また、相続税の納付の面では、現行法上、原則として物納財産の収納価額は、課税価格計算の基礎となった当該財産の価額によることとされ、課税価格計算の基礎となった当該財産の取得価額により収納することを保障しているのであるから(相続税法四三条一項)、当該財産の取得の時における時価をもって相続税の課税価格とし、あるいは、当該財産の取得価額をもって相続税の課税価格としている本件特例に、原告主張のような不合理性は存していない。

さらに、相続開始前三年以内に取得した土地の時価が著しく下落した場合でも、土地の時価が全般的に下落している状況にある場合には、被相続人が当該土地を相続開始前に売却し、その売却代金で他の土地を購入することも可能であり、そうすれば、相続開始時には新たに購入した土地の取得価額(下落後の取得価格)で評価されることになり、原告が主張するような土地を時価以上に評価されるという問題はある程度回避できるし、買換資産が相続開始時まで見つからず、その売却代金を現金又は預貯金の形態で相続したとしても、その現金又は預貯金の金額がそのまま課税価格となるから、何ら相続財産の評価に問題を来すものではない。

そして、多三郎が当初所有していた土地を譲渡し、本件土地を取得したことに関して税務当局より買換特例の適用を受けていたとしても、それは、単に同人が従前から所有していた土地を譲渡し、土地を新たに買い換えたという事実を示すものに過ぎず、何ら租税負担回避の意図がなかったということを明らかにするものではないし、そのような意図がなかったとしても本件特例の適用を免れるものでもない。

(二) 本件土地の課税価格算定については本件特例が適用される以上、本件相続税に係る課税価格及び納付すべき税額は別表3の被告主張額のとおりであるから、その範囲内でなされた本件課税処分は適法である。

四  争点

1  本件において、更正をすべき理由がない旨の処分の取消を求める訴えの利益があるか。

2  本件土地の課税価格について、本件特例が適用されるか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

更正をすべき理由がない旨の処分は、更正の請求に対する単なる棄却処分ではなく、更正処分に準ずるものであり、その後に当初申告額を増額する内容の更正処分がなされた場合、後の更正処分に吸収されて消滅するものと解される。したがって、更正をすべき理由がない旨の処分の取消を求める訴えは訴えの利益を欠くものとして却下すべきである。

二  争点2について

1  相続税法二二条の趣旨及び運用

(一) 相続税法によれば、相続税は、相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額を課税価格とするものであり(同法一一条の二)、その財産の価額は、時価による評価が困難な財産を除いては、当該財産の取得の時、すなわち相続時における時価によることとされており(同法二二条、時価主義の原則)、ここにいう時価とは、当該財産の客観的な交換価値、すなわち通常の取引価格と解される。この時価主義の原則は、相続税が相続又は遺贈を原因として取得した財産に担税力を認めて課される税であるから、その相続時における時価、すなわち通常の取引価格の合計を課税価格とすることが最もその趣旨にかなうという理由によるものである。

(二) もっとも、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、これら各財産の通常の取引価格は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、国税庁においては、相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六、直審(資)一七、以下「評価基本通達」という。)を定め、内部的な取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告・納税の便に供し、もって申告及び課税事務の公平、迅速で円滑な運用に資することとしているところである。

評価基本通達のこのような性格に照らすと、相続税に係る財産の評価に当たっては原則として同通達によるべきものということができる。しかしながら、同通達に従って課税価格を算定することが負担の実質的公平を損なう等著しく不合理な結果になると認められる特段の事情がある場合には、同通達によらず、他の適正、妥当な合理的と認められる方法により評価すべきものと解される。

(三) ところで、評価基本通達によれば、相続税に係る財産の価額は時価によるものとし、時価とは、相続又は贈与により財産を取得した日において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうこととして、右(一)の時価の概念を明らかにした上で、その価額は、この通達の定めによって評価した価額によるものと定めている。

評価基本通達においては、土地の評価のうち、宅地の評価は、原則として、市街地的形態を形成する地域にある宅地については、その宅地の面する路線に付された路線価を基準とする方式により、その他の宅地については、土地の固定資産税評価額に地域ごとに定められた一定の倍率を乗じる方式によることとされている。

この路線価及び倍率(以下「路線価等」という。)は、従来、前年の七月一日時点を評価時点とし、売買実例価額、地価公示価格、精通者意見価格等を基として、地価公示価格と同水準の価格の七〇パーセント程度を目途に定められていたが、このように路線価等の水準が地価公示価格に比べてある程度低い水準に定められていたのは、評価の安全性等の見地から、一律に客観的な取引価格が認識できないという土地の特性や年間を通じた地価の変動等を考慮したことによるものである(なお、平成四年分からは、評価時点が当年一月一日時点に、地価公示価格に対する評価割合の目途も八〇パーセント程度に、それぞれ改められている。)。

2  本件特例の趣旨

(一) 右のように、路線価等が本来地価公示価格に比べて低い水準にあったことに加え、その基準時点(前年の七月一日時点)との時間的な隔たりがあることから、昭和六〇年代からの全国的な地価の上昇傾向の中、特に都市部を中心とする地価の急騰地域においては、現実の取引価格(以下「実勢価格」という。)と路線価等による評価額との間には相当の開差が生じ、この現象に着目して、借入金により不動産を取得することにより将来の相続税の負担の回避を図る事例が見受けられるようになり、税負担の公平の見地から看過し得ない問題となっていた。すなわち、相続税の課税価格は、右の方法で不動産を取得した場合、借入金は債務として全額控除されることとなる一方、取得した不動産は路線価等による評価額で評価されるため、右借入金額と右不動産の評価額との差額は他の相続財産から控除されることになり、不動産を取得しなかった場合に比べて相続税の課税価格がその分減少し、相続税負担が軽減される結果となるのであり、このことは、借入れによらずに手持現金や他の金融資産の売却等により不動産を取得する場合にも同様の結果が生ずるのである。

このような相続税回避のために不動産を取得することは、右のとおり税負担の公平の見地から問題であるのみならず、都市部における地価高騰の一因となっているという指摘もなされていたことから、このような事態に対処する目的で、昭和六三年一二月税制改正(昭和六三年法律一〇九号所得税法等の一部を改正する法律)によって本件特例が新設され、昭和六三年一二月三一日以後に相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税に適用されることとなったのである。

(甲第四号証、乙第一ないし第六号証及び争いのない事実並びに弁論の全趣旨により認められる。)

(二) 本件特例を定めた措置法六九条の四は、相続開始前三年以内に取得等をした土地建物等については、被相続人の居住の用に供されていた土地建物等を除き、相続税法二二条の相続開始時における時価主義の原則にかかわらず、右取得価額により相続税を課税する旨規定している。

右のとおり、本件特例においては、相続開始前三年以内の不動産の取得を対象としているが、これは、相続税回避行為は通常相続開始前三年以内に行われることが多いと考えられることによるものであり、税負担回避の目的の有無にかかわらず原則として一律にその取得価額をもって課税価格と定めたのは、当該不動産の取得価格は現実の売買価額であるから当該不動産の実勢価格を反映しているものであり、右実勢価格を大幅に上回ることは通常あり得ないこと、税負担回避の目的があるか否かの判断は実際上困難であるのみならず、右目的の有無によって税負担回避の効果において異なるものではないことによるものである。

(三) 以上によれば、路線価等の水準が本来実勢価格よりも若干低い水準にあるとはいえ、路線価等は毎年見直されていることからすれば、相続税負担の面で看過し得ないほどの不公平が生じるような事態は通常は起こり得ないのであるが、短期間における地価の急騰という異常な社会経済現象の出現により、評価基本通達に基づく不動産の評価額がその通常の取引価額、すなわち本来の相続税法二二条にいう「時価」を的確に反映していないという事態に立ち至り、ついに放置できず、税負担の実質的公平を図るために本件特例が設けられたというのであるから、これは相続税法二二条の時価主義の原則の例外という形式をとりつつ、その実質は評価基本通達に定める路線価等による評価額に代わる合理的な評価額として取得価額を位置付けているものとみることができる。

3  本件特例立法後の地価の動向と本件特例

(一) いわゆるバブル経済が崩壊し、地価抑制策が功を奏したこととも相まって、平成二年をピークとして地価の異常な高騰は終息し、その後は一転して地価の下落が始まり、今度は逆に実勢価格と路線価等による評価額との開差が縮まり、さらには一部地域では前者が後者を下回るほどに地価が急落したが、この現象は現在も進行中といわれており、地価高騰時と同じく、路線価等が実勢価格を的確に反映していないとの批判が出ているところであるが、このような状況は、本件特例創設当時は予想し得ないことであった。

(甲第四号証及び争いのない事実並びに弁論の趣旨により認められる。)

(二) ところで、当該不動産の実勢価格が取得時に比べ相続開始時において下落している場合には、本件特例を適用し、取得価額をもって課税価格とするならば、相続開始時の資産価値を基準とする限り、不動産の相続については、他の資産により同額の資産価値の財産を相続した場合に比べて税負担が過大となり、本件特例によって課税の実質的公平を図ろうとしたこととは逆の意味での課税の不公平が生ずることがあり、殊に地価の下落が急激かつ著しい場合には、相続により取得した不動産の価値以上のものを相続税として負担しなければならないという極めて不合理な事態さえ起こり得るのである。

(三) 既に判示してきたとおり、本件特例は地価の急激な高騰による租税回避行為を阻止することを目的として立法されたものであるところ、当時の情勢に照らすと、右立法は時機にかなったもので、その目的も極めて正当であり、かつ、現時点においては一応沈静化しているとはいえ、地域的な差異もあり、地価についての今後の動向はなお予断を許さないものがあることを考えると、本件特例がその立法目的との関連で著しく合理性を欠くことが明らかであるとまではいえず、したがって、本件特例の法令自体を憲法違反であるとすることはできない。

ただ、本件特例の根拠条文である措置法六九条の四第一項によれば、文言上は何らの限定も付されていないから、この法律は具体的な相続を巡る個別的事情は一切問わず、相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地等については一律にこれを適用すべきものとされているようにも解されるのであり、これからすれば、(二)のような場合についても本件特例が適用されることになる。しかし、前記認定の本件特例の立法のいきさつやその立法目的に照らすと、そもそも本件特例は、これを適用することにより前記のような著しく不公平、不合理な結果が生じるような事案についてまでこれが適用されることを予定していたとは考えられないのである。もし、本件特定が右のような事案についてまで適用されるべきものとすれば、右土地のような財産を相続した相続人は、相続により取得した財産以上の財産的価値を相続税の名の下に国家に収奪されることになるのであるが、このようなことは本件特例が租税回避行為に対する制裁等として租税を賦課することを目的としているような場合でもない限り、全くその合理性を欠き、到底許されるものではない。ちなみに、本件特例の立法目的に右のような制裁目的が含まれていないことは、前記のとおり、右法律を適用するために、租税回避の意図の有無等、土地取得者の主観的要件を必要としていないことからも明らかである。この意味において、本件特例を(二)の事案のような場合にまで無制限に適用することについては憲法違反(財産権の侵害)の疑いが極めて強いといわなければならないが、仮にこのような考え方が容れられないとしても、少なくとも本件特例を適用することにより、著しく不合理な結果を来すことが明らかであるというような特別の事情がある場合にまでこれを適用することは、右法律の予定していないところと言うべきであって、これを適用することはできないといわざるを得ない。

4  本件土地相続と本件特例の適用

(一) 多三郎は、別表2の「当初申告額」欄記載のとおり、本件土地(いずれも現況宅地)を平成二年三月から同年九月までの間(いずれも相続開始前三年以内)に合計二一億八〇三二万三九九八円で取得した(措置法施行令四〇条の二第三項によって取得価額に算入される造成費を含めると、同表の「被告主張額」欄記載のとおり、二二億四八六二万三九九八円であり、このほか同土地上の建物も取得している。)。そして、平成三年八月七日、同人の死亡により原告を含む三名の法定相続人のうち、原告が本件土地を含む多三郎の相続財産すべてを相続により取得した。

(甲第一号証、第二二号証の一ないし四二及び争いのない事実並びに弁論の全趣旨によって認められる。)

(二) そして、本件全証拠によるも、本件土地の取得価額が取得当時の同土地の実勢価格を特段上回っていたという事情は認められず、また、本件相続開始時である平成三年八月七日時点における本件土地の評価額(但し、更地としての評価額)は、御塩泰男作成の鑑定評価書によれば、別表2及び3の「更正の請求額」欄記載のとおり合計九億五八二〇万円となるのであるが、この額が当時の実勢価格と格別異なるものであることをうかがわせる証拠もない。

ちなみに、別表2記載のとおり、本件相続開始時における本件土地の現況による路線価等による評価額は合計八億〇九四五万三五一二円であるが、これを全部更地として評価した場合の額は九億〇六一九万二二四三円であり、右の鑑定評価書による評価額と近似した額となる。また、同表のとおり本件土地の取得当時の路線価等による評価額は合計五億〇三一四万一二〇〇円である。

(甲第四号証、第一六ないし第二一号証及び弁論の全趣旨によって認められる。)

(三) 右によれば、本件土地の実勢価格は、その取得時に比べて相続時にはいずれも半分以下、合計では約五七パーセント減と著しく下落しており、また、本件土地のみを相続によって取得した場合を考えると、本件特例を適用した場合の原告の納付すべき税額は一三億一八六三万四七〇〇円となるが、これは本件土地の相続時の実勢価格をも上回るものであり、現実にも本件相続によって原告が相続した純資産価額(相続時を基準とする)は約一一億三〇〇〇万円(後記5のとおり、別表3の〈3〉の「裁判所認定額」参照)であるのに対し、本件土地について本件特例を適用した場合の原告の納付すべき税額は約一四億三七〇〇万円(同表〈7〉の「被告主張額」参照)にも上り、相続によって取得した全資産をもってしても相続税額に足りないという結果となる。

このような事態が著しく不合理なものであることは明白であり、したがって、3(三)で述べたとおり、本件土地の相続については本件特例を適用することができないというべきである。

(四) 被告は、多三郎による本件土地取得は、本件特例が対象として予定していたような租税回避に当たるものと主張するが、本件特例の適用について、取得の際の主観的な意思を問題とすべきではないのは、前記3(三)で述べたとおりである。

(五) 被告は、本件においては、原告が相続を開始した時点においても、なお原告の主張する実勢価格は本件土地の路線価等による評価額を上回っており、立法事実が喪失したとはいえない状況であったとも主張する。確かに、本件特例は不動産の実勢価格と路線価等による評価額との乖離が前提となって設けられたものではあるが、実勢価格が短期間のうちに急落し、これによって本件のような課税に著しい不公平が生ずることは本件特例創設当時予想されたものでないことは前記のとおりである。そして別表2のとおり、本件土地のうちには更地での評価で比較した場合、実勢価格が路線価等による評価額を下回っているものも少なからず見受けられるのであって、被告の主張は一部前提を欠くものとも思われるし、そもそも、前記1(二)で判示したとおり、評価基本通達による評価に比べ実勢価額が高額である等のために、同通達に従うときには著しく不合理な結果になるような場合には、同通達によらないで他の合理的な評価方法により評価することも許されるのであるから、単に実勢価格が路線価等による評価額を上回っていることをもって、右の著しい不公平の存在を容認する理由とはなし難いことは明らかである。

(六) また、被告は、納税義務者が相続税額を金銭で納付することを困難とする事由がある場合、当該課税価格計算の基礎となった不動産等について物納をなし得(相続税法四一条)、この場合の収納価額は、課税価格計算の基礎となった当該財産の価額によることとされている(同法四三条)ことを理由に、本件特例に原告主張のような不合理性は存していない旨主張するけれども、物納の申請に関しては、申請期限の定めがある(同法四二条一項)ほか、これは税務署長の許可によることになっているところ、申請に係る財産が担保権の目的となっている等の場合には、管理又は処分をするのに不適当として事実上許可を得ることはできないのであって、必ずしも容易に物納をなし得るとはいえない(甲第四号証、第一六ないし第二一号証によれば、本件土地についてもそのほとんどに多額の担保権が設定されていることが認められる。)し、本件特例を適用した場合、発生する租税債務の額が同一であるにもかかわらず、物納をなし得る場合とそうでない場合との間においても実質的な税負担が大きく異なる結果となることからすれば、この点に関する被告の主張も理由がないというべきである。

(七) さらに、被告は、相続開始前三年以内に取得した土地の時価が著しく下落した場合でも、被相続人が当該土地を相続開始前に売却し、その売却代金で時価が下落した他の上地を購入し、あるいはその売却代金を現金又は預貯金の形態で保有した状態において相続すれば、課税価格の圧縮を図ることができる旨主張するが、将来不確定の時期に発生する相続税負担軽減のみの目的で右のような不動産の買換えや売却をすることは一般に期待し難いから、右主張も採用できない。

5  本件における課税価格及び納付すべき税額

(一) 以上のとおり、本件土地の課税価格の算定に当たっては、本件特例は適用されず、したがって、その評価は原則に返って相続税法二二条に従いその時価によるべきことになるが、前記1(二)のとおり、右時価の評価の方法は、特段の事情がない限り、評価基準通達の定めに従うべきものである。そして、前記4(二)で認定したとおり、本件土地の路線価等による評価額と御塩鑑定による評価額を比べると、共に更地価格によるものとしたときには、路線価等による評価額が右鑑定による評価額の〇・七八倍ないし一・一六倍程度の差があるに過ぎず、また、路線価等による評価額については、別表2記載の〈1〉〈2〉〈4〉〈6〉の土地は現況どおり地上に貸家が存在するものとしての評価額、その余の土地は更地としての評価額とし、他方、右鑑定による評価額については、全土地を更地としての評価額としての比較においてさえも、路線価等による評価額が右鑑定による評価額の〇・五九倍ないし一・〇一倍となるにすぎないのであって、本件土地につき路線価等により評価することが著しく不合理な結果を来すと認めることはできない。しかし、別表2のとおり、原告は右鑑定による評価額により更正の請求をしているのであるから、右鑑定評価額が路線価等による評価額(但し、評価の対象は現況によるものである。)を上回っている場合にはこれによるべきであるところ、本件土地のうち同表記載の〈5〉の土地以外の土地は、鑑定評価額、すなわち更正請求の額が路線価等による評価額より高いからこれにより、右〈5〉の土地については鑑定評価額(更正請求額)が路線価等による評価額を下回っているから原則どおり路線価等による評価額によることとし、これにより計算すれば、本件土地の課税価格は、同表の「裁判所認定額」欄記載のとおり、その合計額は九億六〇六七万円となる。

(二) 原告は、本訴において、本件土地に係る部分を除いては、本件更正処分の違法事由を主張せず、本訴における被告主張の額も争わないので、本件土地以外の資産及び債務等の評価額については被告主張のとおりの額と認める。

(三) 以上によれば、別表3の「裁判所認定額」欄記載のとおり、本件相続に係る課税価格は一一億二九五二万二〇〇〇円、納付すべき相続税額は五億五六九八万九三〇〇円であると認められるから、本件更正処分のうち、それぞれ右の金額を超える部分は取り消されるべきである。

(裁判官 福富昌昭 加藤正男 大島道代)

別表1 課税の経緯 (単位:円)

区分

当初申告額

更正の請求

通知処分

異議申立て

異議決定

更正処分

審査請求

裁決

年月日

平4.2.6

平5.2.5

平5.3.16

平5.5.13

平5.8.11

平5.8.13

平5.9.10

平6.6.23

〈1〉

課税価格の合計額(千円未満切り捨て)

2,351,095,000

1,128,971,000

更正をすべき理由がない旨の通知処分

1,128,971,000

棄却

2,410,302,000

1,128,971,000

棄却

〈2〉

遺産に係る基礎控除額

64,000,000

64,000,000

64,000,000

64,000,000

64,000,000

〈3〉

税額計算の基礎となる金額(〈1〉-〈2〉)

2,287,095,000

1,064,971,000

1,064,971,000

2,346,302,000

1,064,971,000

〈4〉

相続税の総額(百円未満切り捨て)

1,390,366,500

556,630,500

556,630,500

1,431,810,000

556,630,500

〈5〉

過少申告加算税の額

4,144,000

(注)1.年月日欄の「平」は、平成のことである。

2.〈2〉「遺産に係る基礎控除額」欄の金額は、4000万円と800万円に被相続人の相続人の数を乗じて得た金額との合計額である。(相続税法第15条(平成4年法律第16号による改正前のもの)参照)

別表2

土地の表示

面積

(m2)

当初申告額

更正の請求額

=鑑定評価額

被告主張額

=取得価額

取得時における路線価額

相続時における路線価額

裁判所認定額

〈1〉堺市槇塚台3丁28番3

291.75

224,593,800

77,300,000

224,593,800

45,232,920

68,292,840(89,859,000)

77,300,000

〈2〉堺市赤坂台1丁44番12

165.29

134,078,800

47,900,000

134,078,800

25,852,678

40,072,907(52,727,510)

47,900,000

〈3〉堺市浜寺昭和町5丁634番3

365.15

344,300,000

160,000,000

344,300,000

93,858,156

151,172,100

160,000,000

〈4〉堺市福田1430番

453

225,715,088

117,000,000

294,015,088

39,970,908

69,004,040(90,794,790)

117,000,000

〈5〉八尾市北本町3丁目11番8号

473

368,808,810

182,000,000

368,808,810

112,101,000

184,470,000

184,470,000

〈6〉八尾市山本町1丁目62番3号

293.01

435,713,500

184,000,000

435,713,500

81,280,974

128,969,523(169,696,741)

184,000,000

〈7〉八尾市緑ケ丘1丁目85番1、86番1、87番1

481.38

447,114,000

190,000,000

447,114,000

104,844,564

167,472,102

190,000,000

合計

2,180,323,998

958,200,000

2,248,623,998

503,141,200

809,453,512(906,192,243)

960,670,000

(注1)「取得時における路線価額」「相続時における路線価額」の欄は〈1〉〈2〉〈4〉は倍率方式、その余は路線価方式による評価額である。

(注2)〈1〉〈2〉〈4〉〈6〉の現況は貸家建付地であり、「相続時における路線価額」欄の上段は貸家建付地としての評価額であり、下段かっこ内は更地としての評価額である。

(注3)〈4〉の「被告主張額」欄の価額が当初申告額より増加している理由は、当該土地の造成費を取得価額に加算したためである。

別表3

当初申告額

更正の請求額

更正処分額

被告主張額

裁判所認定額

課税価格の計算

〈1〉

相続財産の価額の合計

4,149,910,734

2,927,786,736

4,215,873,733

4,223,047,623

2,935,093,625

うち本件土地

2,180,323,998

958,200,000

2,248,623,998

2,248,623,998

960,670,000

本件土地以外

1,969,586,736

1,969,586,736

1,967,249,735

1,974,423,625

1,974,423,625

〈2〉

債務及び葬式費用の金額

1,798,815,656

1,798,815,656

1,805,571,456

1,805,571,456

1,805,571,456

〈3〉

課税価格(1,000円未満切り捨て)(〈1〉-〈2〉)

2,351,095,000

1,128,971,000

2,410,302,000

2,417,476,000

1,129,522,000

相続税額

〈4〉

遺産に係る基礎控除額

64,000,000

64,000,000

64,000,000

64,000,000

64,000,000

〈5〉

税額計算の基礎となる金額(〈3〉-〈4〉)

2,287,095,000

1,064,971,000

2,346,302,000

2,353,476,000

1,065,522,000

〈6〉

相続税の総額

1,390,366,500

556,630,500

1,431,810,000

1,436,833,200

556,989,300

〈7〉

納付すべき税額

1,390,366,500

556,630,500

1,431,810,000

1,436,833,200

556,989,300

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